心の風景
誰にいわれることもなく、私は一人で思いつづけてきました。
そして、結果とし私が試みてきたのは、推敲に対して、あくまで私の心のあり方を、如何に丁寧に掬いあげていくか、という点であり、「心を生かす言葉の発見」が熱度をもってなされなければならないということでした。
湖に旅して月の夜をうたうときも、山に旅して、そこの風景の中に身をおくことも、所詮、「私自身のおもい」の表現以外でないことを知ったのです。
私は歴史にゆかりのある土地に旅をする機会が多いです。
たとえば『額田王』をかいたあと、《茜さす紫野ゆき標野ゆき野守は見すや君か袖ふる》のうたが、どのような野でうたわれたであろうか、という感動を確にするために、蒲生野の丘陵地を歩くこともしました。
今も鹿や猪が出る、というその土地をあるきながら、私は一人の旅人として「狩りの日の絵巻」をくりひろげることが出来ます。
机上では成立しがたい旅の恩恵でした。
旅はたましいの漂泊だ、と言った芭蕉ではないけれど、旅をすることによって、私は私の内部をいたわり、または苛酷に訂正を加えるゆとりをもつのでした。
女の旅は、昔も今も、この漂泊をつづけながら、何故か漂泊にのみ身をひたし切れないと感じられるのは何故なのか・・・。
旅の受容と拒絶を私は今も考えています。